TOP>>お問合せ
皆様からのご意見をお待ちしております。

メールはこちらへ

   この度、波力発電システムの開発開始にあたり、着手するに到った根拠と夢の一部をご披露し、 皆様方のご批判、ご討論のキッカケにしていただきたいと思います。
私どもは“エネルギーの自立こそが平和の基であり”“雇用の創出こそが過疎・少子化を 阻止する”の信念のもと、弊社の規模・能力で実現可能なものを探した結果、このテーマに 到達いたしました。

   古代から現代にいたる戦争の因果関係を見ると、古代においては直接物資を獲得するための 侵略であり、間接的には人間の食料や家畜の飼料となる草を生みだす土地の拡大、さらには 動力源としての奴隷の捕捉にありました。
後に奴隷は売買されるようになりましたが、これは武力に依らざるエネルギーの流通と言えます。
産業革命以降はエネルギー源は石炭・石油を中心とする化石燃料に統一され、戦争の原因は 化石燃料の確保と製品の販売市場の奪い合いが主体となりました(植民地主義の時代)。
最近では北朝鮮とイラクとの対比に見られるように、米国の巧妙な説明にも関わらず、武力制裁の 根拠は大量破壊兵器の有無ではなく石油資源の有無であることは、誰の目にも明らかで BRICsの台頭とともに石油の重要性は益々高まります。
翻って明治以前のわが国はエネルギーの輸入はなくても、飢饉の年を除けば生活は安定し、 民心も穏やかで、世界に通用する芸術・文化を育んでいました。 わが国は“貿易立国”の名のもとに原材料と燃料を輸入し製品として付加価値をつけて輸出し その差額で国内の生活基盤を築いてきましたが、エネルギーの自給率が高まれば、リサイクル 可能な原材料の輸入は縮小できるので,資源獲得競争から開放されると共に、相手国から嫌われる ような安値輸出も避けられ、屈辱的な外交姿勢もとらず“品の良い国”に戻れるものと思います。 また国内的には、競争のスピードが多少緩和され、物・心のバランスに着目した哲学的な経営 (例えば最近話題の渋沢栄一の『論語と算盤』)が復活しやがて国民全体の心を豊かにし, 礼儀正しい思いやりのあるかつての日本人に戻れることを期待します。
脱化石燃料の旗印として原子発電が大きく宣伝されておりますが、絶対安全ならなぜ首都圏に 設置しないのでしょうか、コジェネや燃料電池はビルの地下室に設置してあります。 又、原発の炉心近くでは1日1回 しかも20分しか作業できない場所があります、将来ロボット化 されるとしてもそんな危険な場所で自分自身や親族を働かせたい人はいないと思います。
だからといって、現状では原子力はやめるわけには行きません。 代替技術の出現までは必要悪として納得し、細心の注意を払って継続運転させるしかありません。
しかし、いずれ風力・太陽光・波力等のクリーンエネルギーに転換する必要ありと確信し、 この開発を開始しました。

   過疎の原因については、立地条件とか環境とか言われますが、城下町の例を見るとはじめは 人里離れた場所に築城されても人は集まります。又、ゴールドラッシュの例でも、そこに大きな夢や “飯の種”があれば、地の果てでもどこでも人は集まります。産業が滅びるのはその生産物が使われなくなるか 、安くて食えなくなるかです。 産業がなくなればそこから人が去ります。集落は規模が小さくなりすぎると教育・医療・娯楽施設等 心の満足を補充する機能が失はれ崩壊します。崩壊前の過疎の状態で止めなければなりません。 過疎の原因は種々考えられますが、突き詰めれば“飯の種=雇用”の喪失にあると思います。 そこで、いかにして雇用を生み出すかに力点をおいて考えた結果、“農村で作って漁村で使う” ことを設計の基本思想とすることにいたしました。 又、少子化の原因も経済的な理由が大きなウエイトを占めておりますが、核家族化の問題も隠れた 要因と思われます。そこには都市部(特に首都圏)と地方の子育てを取り巻く環境の差、子供を欲しがする度合いや 子育てを.支援する集団の強さや広がりに大きな差があるのではないでしょうか、過去の政治経済 の源流を見ると地方で健全な思想を持って育成された人材が中央で国を動かしております。
地方の方が時間はゆっくりと流れ、空間的広がりが大きく青少年の育成に向いているものと思い 地方を“人を育てる場所”と定義し、地方の雇用創出を目標と致しました。